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1月17日に思うこと

阪神淡路大震災から24年めの今日。

私は当時、京都市の新町御池あたりに一人で住んでいました。
いつも自転車か地下鉄で四条烏丸に行き、阪急電車の特急で
梅田まで出て仕事に行っていました。
その日も始発に近い時間の電車に乗るべく支度していたら、
ものすごい地鳴りと共にマンションの3階にある自宅が揺れました。
といっても、当時まだ大学生だった今の主人が作ったおもちゃの
ロボットがたんすの上から落ちただけの、そんな揺れだったのです。
テレビには、淡路島の情報が繰り返し流れていました。

四条烏丸から地下に入り阪急烏丸駅に着いたとき、大混雑の
人ごみの中でやっと状況が見えてきました。
阪急電車が止まっている・・・・。
当時は携帯やスマホなんてありません。周囲のざわめきや、おそらく
駅員さんの案内もあったのでしょうか、京阪電車は動いている!との声を頼りに
地下通路を東向きに、まずは阪急河原町へと歩き、そこから地上に出て
京阪四条駅を目指したのでした。
1月17日は、センターリサーチの翌日です。
絶対に職場に行かなくてはならない日だったのです。

たびたび起きる余震でなんども停車しながら、京阪電車は各駅停車で
気の遠くなるような時間をかけても乗客を淀屋橋まで運んでくれました。
淀屋橋から地下鉄御堂筋線に乗り換えましたが、ここでもほんとうに
記憶が曖昧模糊としています。
ただ、梅田の駅構内の色々なところに水溜りやブルーシートに覆われている箇所が
あったことを覚えています。そしてなんだか閑散としていたような気もします。
ようやく職場に着いたのは13時をまわっていたと思います。
センター試験翌日から月末までは、毎年ほんとうに目が廻る勢いの忙しさです。
子どもたちのデータをまとめて、保護者の方とも検討していかなくてはなりません。
真冬の夜、阪急梅田から最終特急で京都まで帰る日々、目にした光景を私はずっと
忘れることはありません。
それは、梅田駅という大きなターミナルだからこそ浮き彫りになる現実でした。
梅田を拠点に行き来する多くの電車で、私が乗るのは京都線。
でも、神戸線や宝塚線の先には、大震災の凄惨な現場があるのです。
買い物や通勤客で溢れかえるターミナルはいつもと変わらないにぎやかさ。
でも、並行して停まっているあの電車に乗ると、その先は神戸。
仕事で疲れ果ててぼうっと神戸行きの電車に思いをはせる。
自分が帰る日常と、震災の現場と。
どうしていいのかもわからない感情を抱えたまま、特急の中で眠ったまま烏丸まで
帰る毎日でした。

夫はその頃まだ大学4回生、自宅は大阪ですが下宿もしていました。
下宿があったのは神戸市東灘区御影。
震災当日はたまたま大阪の実家に帰っていたそうです。

あの日から24年。
記憶は薄れていきますが今でも神戸に行くとあのときの困惑が蘇ります。
たくさんの尊い命が奪われた町で、人々の営みは続いています。
記憶し、思い出し、語り継いでいかなくてはと思います。
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ananがまた来る!

昨日までの寒さが少し和らいだような、日差しのあたたかい一日でした。
長女は昨日から、朝の授業開始前に友だちとセンター世界史の勉強会をするからと
いうことで、7時に家を出ることになりました。娘にとっては超・早朝です。
今頃それってちょっと遅いんじゃぁない?と言いたいのをぐっとこらえ、偉い!と送り出す朝。
通っている中学校の入試関係で4連休だった息子も、今朝からまた普通の日々に戻りました。
たまたま同じ時間に登校していく高3の娘と中2の息子。
背丈はすっかり逆転しましたが、並んで歩いていく様子は小さかった頃と何も変わらず、
とても懐かしくてついスマホで盗撮みたいな動画を撮ってしまいました。

一人になった家の中、こんなふうに過ごす朝もあと一週間。
来週の水曜から娘の高校は、3年生の授業は午前中だけになります。
2月から自宅学習となり、私大入試や国公立の二次試験に備えることになります。
二人のお弁当を作るのに4時半に起きるのもあとちょっと。
来年の4月から息子が転校する県外の中学は完全給食らしいので、ほんとうに
さみしい限りです。

ところが!
なんとまた嬉しいニュースが!
ananで今年も羽生選手特集があるそうじゃないですか!
発売は来週、1月23日ですって?・・・・・あ~・・・センターリサーチも終わり、絶望が
見えている頃かぁ・・・・。
しかもその日、ばっちりバイトも入ってる。「娘さんどうだった?」ってチェックされちゃうなぁ・・・。
業界的に避けては通れないその話題。
しかし、世の中は糾える縄のごとし。悪いことがあればいいこと(anan)もあるということか。
これこそ天の配剤、物事の適切な配置なんだわきっと。
ananは写真がきれいなのでとても楽しみなんです。しかも、ananで特集が組まれると、
羽生選手は必ず優勝なさっているとか。anan絶対に手に入れて応援するぞ!
あと約2ヶ月、どうぞ足をお大事にしていただきたいです。

今晩も、私と子どもたちはテレビで「桃太郎侍」を見ながら晩ごはん(今日は息子が
ハンバーグをたくさん作ってくれました)をいただき、娘の淹れてくれたコーヒーを飲み、
今こうしてブログを綴っています。
すっかり慣れた三人だけの静かな日々(夫は単身赴任でがんばってくれています)。
子どもたちが小さかった頃は、早く大きくなってくれ~と思っていましたが、数年前からは、
もっとゆっくり日々が過ぎてほしい、まだまだ私の子どもでいてほしい、と願うように
なりました。親って勝手なものです。でも、ほんとうに、「今」がいとおしくてたまらないのです。
だから私は今日も日記を書くのです。
娘を産んだ日から毎日欠かさず。
子どもたちが巣立って、ふとさみしいときに紐解いて、懐かしい思い出に浸るために。
「何か事件に巻き込まれたとき、おかーさんのこの日記がアリバイになるからね!」と
表向きには言っていますが。
ひたすら未来の自分のために。
にぎやかで楽しかった子どもたちとの日々を残さず思い出したい,
いつかの自分のために。

娘についてつらつらと思うこと

年も明け、GSヘルシンキ大会からかれこれ2ヶ月以上が過ぎてしまいました。
まるで平家物語のように、夢かと思えば現、現かと思えばまた夢のごとし。
「秋によせて」に浸る間もなく冬を越えて春を待つ季節が近づいてきました。
羽生選手の右足のお加減はいかがなのでしょうか・・・・・・。

10月末に母が結核性胸膜炎で入院、そして12月5日の退院と同時にそのまま
グループホームに入居となってしまいました。
母が入院してから一人暮らし状態の父も、心不全の危険性が高いのと糖尿もあって、
週に一度通っていた施設のショートステイをロングで利用という現在です。
両親と同居するために建替えし新築された実家には、弟がひとりで暮らしています。
私が遠くに転居しなければ、もしかしたら両親の世話ができたのかもしれない。
家に帰りたくて夜ベッドで泣いているのよ、と母が言うたびに、とてつもない罪悪感に
さいなまれてしまうのです。
もっといい形はないのだろうか、やっと気ままに生きていけると思った矢先にこれでは
あまりにかわいそうじゃないのか。
4月から新幹線で行き来する距離に転居する私は、もうどうすることもできないのです。

そしてもうひとつ。
今週末に娘には人生最大の難関が待ち受けています、そう、センター試験!
小学校入試から高校入試までイージーモード全開のわりにはうまいこと大波を
乗り越えて現在に至る長女。大きな試練とは無関係の人生を生きてきました。
それが、今どうでしょう。
国立大学一本で強気な攻めの姿勢を貫き通し、3年間ずっと見てくださっている担任の
先生にも、「ここまで志望を変えないのは初めてです」と言われるくらい頑固です。
できたら勉強したくない。やりたいこともわからない。ましてや仕事も。
こんな子なので今とても(本人比で)苦労しているように思えます。
机に(形だけ)向かってもボーっとしていたり、うとうとしていたり、電子辞書で遊んでいたり。
スマホでリスニングの音声を聞いているらしいのですが、それも怪しい。
弟がいればすぐにちょっかいを出しで遊び始め、私の何気ないボヤキも聞き逃さず、
毎晩の「桃太郎侍」も欠かさない。たぶん毎日、正味1時間も勉強していないのでは?
あと5日しかないんだけどなぁ~と、ニコニコしながら私にコーヒーを淹れてくれるかわいい
娘を見ては溜め息をつく日々。
でも、こんないとおしい毎日もあと少しで幕となります。
赤ちゃんの頃からとにかくよく笑い、歌い、話し、諭し、抱きしめて、今まで暮らしてきました。
この子が家からいなくなる(かもしれない)なんて想像もつきません。

「自分の悲歌の調べを予想する」と、戦時中を回想したのは哲学者・亀井勝一郎氏でした。
古都の美しい寺や仏たちを戦火で失ったら自分はどんなに悲しむだろうか、そのとき
どんなに悲しい言葉を傷ついた自らの心が紡ぐのだろうか。
中学2年生のときに惚れ込んだこの一節を、私は事あるごとに思い起こしてきました。
娘が(うまくいけば)巣立った家はどんなにさみしいのだろう、何かにつけ思い出しては悲しむのかな・・・。
今からこんなことを考えるのは自己防衛でもあるのでしょうか。ある種のセルフ・ハンディキャッピング。
そして今ふと気づいたのは、こうやって思いをめぐらすことのできる今がきっと幸せなんだと
いうことです。失ったら悲しい、これは今がサイコーに満たされているからなのでは・・・!?
そうか、私は今、シアワセなんだわ~。
くまのプーさんにも有名な言葉がありました。
会えなくなって悲しいと思うくらいの存在と出会えたことは幸福だよ、という(意訳)。
気持の落としどころが見つかって、なんだかスッキリしました。そう、今、私はしあわせなのだ。

羽生選手が4A込みのパーフェクトパッケージという、全人類が震えあがるような目標を掲げて、
現役続行を宣言してくださいました。
恒例ファイルクエストもまた明日新たなミッションの扉が開きます。
あ~土曜日までインフルエンザにかかりませんように!!!

Originすごかった

GPSフィンランド大会、すばらしかったですね!

11月4日も相変わらず両親の介護関係のことで
淡々と過ぎていきました。
グループホームを2つ見学し、母に面会に行き、帰宅したらもう21時。

この日も満を持して羽生選手のフリーの滑走時間を迎えたのですが・・・
やっぱり緊張して無理でした。
私がライスト応援したことでちょっとずつ何かの狂いが生じてそれがどんどん
伝播していって、ついには遥かフィンランドの地に響いてしまったら・・・うううむ。
息子には「お母さんにそこまで世界への影響力はないよだからちゃんと見なよ」とあしらわれ、
でも些細な行動からの運命のひずみというものを私は恐れてしまうのです。
ほんと、おこがましいにも程があるとは思うのですが。

娘にも同じように訴えたところ、さすがは高校3年生、建設的な提案がありました。
「じゃあ、私がお母さんの代わりにライストするよ!」、おいおい受験生、大丈夫なのか?
しかしながら背水の陣を布く私、苦渋の決断で娘にライスト応援を託しました。

すでに6分間練習からリビングを右往左往する私、まるで動物園のオオカミさんです。

静かにOriginが幕を開けます。
PCを見つめて実況中継の娘。
娘:おかーさん!今こらえたけど転んでないよ!
私:4ループやな
娘:おかーさんなんでわかるの!
私:GOEはいくつ!何色!数字読んで!
娘:おかーさん何それ!まだ何も出てないよ!
・・・
娘:おかーさん羽生くんすごい連続で跳んだ!
私:ええええっGOEは!色と数字!
娘:おかーさんまだだってば!
・・・
そして後半、あまりの緊張とコーフンで思わずPCを覗き込み、
世界初の4T3Aを目撃し、フィニッシュでは眼力に震え、とにかく
叫んで騒いで、あっという間に表彰式の運びとなったのでした。

退路を断ち、夢をもち続け、深く自己を省みてまた前を向く。
美しい姿かたちの恩恵だけでなく、あらまほしき人としてのあり方を
若い羽生選手にいつも教えていただいている有難い毎日です。
もっとがんばって、もっと真面目に生きようと思います。

フィンランド

いや~あっという間に11月です。

両親がどんどん弱ってきてます。
苦労をかけたぶん、楽しく健康に好きなことを好きなだけして
過ごしてほしいと心から願っていましたが・・・

先月末から体調が優れない母は、「寝ていれば治るから」と言って
私たちに手間をとらせないように気遣っていたのかもしれません。
ちっとも回復しないし、予定していたデイサービスも当日に休んでしまうし、
思い切ってかかりつけの内科クリニックに連れて行ったのです。
少し咳も出ると先生に話したらすぐにレントゲンの撮影をしてくださいました。

診察室に私だけ呼ばれて画面を見せてもらったら。
母の右の肺が真っ白でした。
すぐに提携病院の呼吸器内科に連絡してくださって、タクシーで向かい、
長い長い待ち時間と検査のあとで、即入院となりました。
母の不調は肺に3リットルもの水がたまっていたことが原因でした。
受信してよかったという安堵よりも、なぜ高齢の母の体調不良をここまで
軽く見てしまっていたのかという後悔ばかりでした。
苦しかっただろうに。
10月29日に入院し、11月8日に手術となりました。
確実に足腰も弱り認知症も進むだろうという、主治医の先生のお話もありました。
同じく認知症の父は一人暮らしのような状況で母の帰宅を待ち続けています。
一緒に住んでいる弟は仕事のため父と顔を合わせることはほぼありません。
食事も服薬も誰かが手を貸さなくては人並みにはできません。
私は4月には遠くに引っ越します。
ケアマネージャーさんや訪問看護ステーションの看護師さんにアドバイスを
いただきながら、今後の両親のより良い生き方を模索しているところです。


・・・・・・で!!!!
現実からちょっとだけでも夢の世界をのぞかせてくれるのが、そう、羽生選手なのです。
昨夜、母に面会して、全統マーク模試帰りの娘とぐだぐだと話しながらの帰り道。
どうしようライストすべきかやめとくべきか。
おかーさんがナマで応援するとわりと羽生選手が苦戦なさるかも
う~~~ん怖いこわいコワイ!
なぐさめられたり鼓舞されたりして帰宅し。

いよいよ羽生選手の滑走時間(予想)!
震える手で私がしていたことは、子どもたちのお弁当箱を洗い、テーブルを片付け、
日記を書き、ブツブツ祈る。ひたすら祈る。
結果を知るのも怖くて先にお風呂で潔斎し、満を持してスマホを開く。
SP世界最高得点!?なんだとー!?
珍しく模試の自己採点中の娘と、数学の難問を解いている息子の目の前で
サイレントガッツポーズを決めたら、察しのいい娘が反応してくれました。
・・・・・・羽生選手は自分を超えてらっしゃるのに、なぜ娘は第3回だというのに
前回を越えられないのだろうか。

いや~~~今日は情報を追うのに忙しくなりますね嬉しい!
でも淡々と日常は過ぎていくのです。
息子は朝から陸上部へ、私は昼からきょうだい3人で、グループホームの見学へ。
娘だけがまだ惰眠をむさぼっています。
だが、今はよく眠れ。眠るならしっかりと全霊で眠れ。
起きれば眼前にあるのは現実だ。午後からは予備校の公開授業(無料)に無理やり行かされるんだし。
ひたすらに今は眠れ。幼かったあの頃のように、安心して無邪気に眠れ。

あぁ、私も思い切り寝坊してみたい。

今夜のライストどうしよう・・・




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